アホ毛あんてな
slowleaner:

福島のヒッピー集落 「漠原人村」 [スポット]

福島県‎双葉郡‎川内村‎下川内‎”バク”に位置するヒッピーコミューン。漠原人村(ばくげんじんむら)。
川内村より399号線を小川町方面へ進み、左手(戸渡川方向)に見つかる”漠林道”から山中へ入る。4WDでやっと走破可能な高低差のある林道を数キロ進むと、終点に集落がある。1970年代に新天地を求めて福島に渡った移住者グループ「ぐるーぷ・もぐら」は、川内村の”野地”に農業共同体を形成していた。
1977年に共同体が解散。マサイ氏を中心に数名のメンバーとその家族が、廃村を開墾して住みついた場所が「漠原人村」。
現在はマサイ氏、アオキ氏の2世帯が定住し、不定期にバックパッカーやウーフ(農業を手伝いながらヒッピー集落を渡り住むライフスタイル)が訪れる。
8月の満月の週には「満月祭」という祭りがあり、全国から1000人近い自然回帰主義者、個人主義者、平和主義者、放浪者が集まり、1週間から10日ほど集団でキャンプ生活を行い、巨大なコミューンを形成する。
「満月際」は基本的に音楽フェスティバルの形式だが、自由な場所で自由な時間に演奏、出店、キャンプする事が認められている。
厳密な”決まり”は無く、集まった人々が数日間同じ場所で暮らす事により自然に発生する”自治ルール”にすべてがゆだねられている。
祭りの期間中は、”地域通貨 チャラ”が発行され、物々交換も可能。
 「漠原人村」で検索すると、この集落の興味深いレポートが複数見つかる。

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福島のヒッピー集落 「漠原人村」 [スポット]

福島県‎双葉郡‎川内村‎下川内‎”バク”に位置するヒッピーコミューン。漠原人村(ばくげんじんむら)。

川内村より399号線を小川町方面へ進み、左手(戸渡川方向)に見つかる”漠林道”から山中へ入る。4WDでやっと走破可能な高低差のある林道を数キロ進むと、終点に集落がある。

1970年代に新天地を求めて福島に渡った移住者グループ「ぐるーぷ・もぐら」は、川内村の”野地”に農業共同体を形成していた。

1977年に共同体が解散。マサイ氏を中心に数名のメンバーとその家族が、廃村を開墾して住みついた場所が「漠原人村」。

現在はマサイ氏、アオキ氏の2世帯が定住し、不定期にバックパッカーやウーフ(農業を手伝いながらヒッピー集落を渡り住むライフスタイル)が訪れる。

8月の満月の週には「満月祭」という祭りがあり、全国から1000人近い自然回帰主義者、個人主義者、平和主義者、放浪者が集まり、1週間から10日ほど集団でキャンプ生活を行い、巨大なコミューンを形成する。

「満月際」は基本的に音楽フェスティバルの形式だが、自由な場所で自由な時間に演奏、出店、キャンプする事が認められている。

厳密な”決まり”は無く、集まった人々が数日間同じ場所で暮らす事により自然に発生する”自治ルール”にすべてがゆだねられている。

祭りの期間中は、”地域通貨 チャラ”が発行され、物々交換も可能。

 「漠原人村」で検索すると、この集落の興味深いレポートが複数見つかる。

petapeta:

ZsaZsa Bellagio
marjoree:

Spring done gone and sprung.

marjoree:

Spring done gone and sprung.

duyisk:

Jumping into the Galaxy…

duyisk:

Jumping into the Galaxy…

katoyuu:

風で髪なびきアニメ下書き 風になびく旗や布、髪はこんな風にして丸にそって動かすといいそうです… on Twitpic
wolvesatmidnight:

(by just_another_k)

darksilenceinsuburbia:

Clément G.

Clément is a fresh-on-the-scene graphic designer based in Clermont-Ferrand, France. How well he is able to add an old-school retro touch into his pieces is what I thought made him unique. The colors and style are so on-point that it makes you believe some of his works could have been old, collected ads from the 60s or 70s. (by )

肥大化した自我が子どもっぽい征服欲と結びついた時に
生まれやすいのが、「世界を変える」とか「社会を良くする」といった
耳障りの良い大義名分である。
しかしその者が言う「世界を変える」とは、
自分の都合の良いように世界を塗り替えたいという意味に過ぎず、
そもそもの「世界」認識が貧弱なのだから、
それは結局多くの他者の共感を得られないし、歓迎されることもない。

ところが勘違いが留まるところを知らないと、
「変革者は大衆の共感を得られない」
とか
「10年先に自分が正しかったことが分かる」
とか
「だから今自分が嫌われるのは仕方ない」
などと言って、ついには自分を悲劇のヒーローに仕立て上げるのだ。


やってる本人は気持ち良いのだろうけど、
残念ながらそれは、裸の王様だ。
■高校生の頃、趣味で文芸同人誌の編集をした。僕は編集長だ。ただし、長といっても偉くはない。編集をしたのは僕一人だ。執筆を頼んだのは4人。皆頭が良さそうだったし、実際良かった。話も面白かったし、本も良く読んでいた。それで小説か、エッセイを頼んだのだ。皆、引き受けた。これで僕は編集が出来るぞと思ってウキウキした。レイアウトシートなども用意した。だが、すぐに問題が起こる。

■書かないのだ。誰も書かないのだ。一人もだよ。書くっていったのに。そんなのあるか。勿論、催促をする。いったい、いつになったら書くのか。すると皆、ハンでついたように同じ事を言うのだ。
「・・・書けない」(ため息をハァ、とつく)。

■だって打ち合わせをしたじゃないか。自信満々に内容を語ったじゃないか。ある一人などこうもいったはずだ。「もう、すべて頭の中にある。あとは書くだけさ」 でも、書かないのだ。一行も書かないのだ。なんだかんだと言い訳ばかりして結局一人も書かなかった。

■それで仲の良かったNに頼んだのだ。Nなら何とかしてくれると思ったのだ。Nは「小説などあまり読まないし、文章なども書いたことはないがまあ何とかしよう」と言い、2週間で50枚ほども書いてくれた。同人誌は、結果的にNの個人誌になったわけである。

■本が出来上がると執筆予定だった4人が現れて、Nの書いた文章をボロクソに批判した。曰く、Nの書いたものはある著名な小説家の文章に良く似ている。スタイルだけ借りた、志の無い駄作だと言うのである。

■僕は、こいつらはなんだろう、と思った。なんなんだよお前らは。

■4人の指摘は確かに当たってはいたのである。Nには書きたいモノなどなかったのだ。それはそうだ。だって僕に頼まれて仕方なく書いたのだから。だからある作家のスタイル-文体など-を借りて、内容はともかく、体裁だけはそれらしいものをと、形だけ、とにかく書いたわけである。それはまあ、僕にも分かった。

■しかしだからと言ってお前らはなんだ。

■きっとこういうことである。奴らは傑作を書こうとしたのである。 このオレ様が書くのであれば、その作品は大傑作以外にあり得ない、と鼻息も荒くだが平静を装うためコーヒーなどすすり書き始めたはずなのである。 一行書き、一枚書いてみる。 読み返す。陳腐である。おかしい。書き直す。読み返す。凡庸である。頭の中にあったときは世紀の大傑作だったものが、実際に書いてみるとコレは・・・という代物にしかならぬ。がっかりだ。こんなもの人目に晒すとバカにされてしまうかもしれない。何より自分が許せない。傷つくぞ、プライドが。悪夢である。

■で、その悪夢から逃れる素晴らしい方法があるのだ。書かなければいい。そして人の書いたぼろぼろの作品をバカにして心の平穏を取り戻すのだ。 バカ者だと思った。このばかめ。

■10年振りにNから連絡があった。小説家になれそうだというのである。ほんとかよ。夏くらいに文芸誌に短編がのるはずだ。なんと感動的な話だろう。

■最初Nには書きたいものは無かったし、書く技術もなかった。ソフトも、ハードも無かったということだ。だが必要に迫られて、ハードだけをどこかから借り受けて、ソフトの無い作品をでっちあげた。そして何作か書く内に、書きたいものが出来た。ソフトが出来たわけだ。だが、ハードはまだ借り物だ。まあでも兎に角書いてゆく。そして10年が経ち、いつの間にかハードも立派に自分製になっていた。自分の技術で、自分の言葉を書く、プロの物書きだ。おめでとう、N。